大判例

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浦和地方裁判所 昭和50年(ワ)690号 判決

原告

永井弘子

右訴訟代理人

石黒武雄

大北晶敏

金子好一

被告

川口市

右代表者市長

永瀬洋治

右訴訟代理人

堀家嘉郎

右訴訟復代理人

管重夫

主文

一  被告は原告に対し金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和四七年九月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

四  被告が金三〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実《省略》

理由

一  何者かが昭和四七年九月八日頃、広田両名がその住所を埼玉県川口市青木町五丁目二五番地に移転した旨の住民登録の届出をなしたこと、同日、自称山田次郎が広田進一の代理人として、また翌日頃、自称広田外驥雄が本人として、それぞれ被告の市役所で、印鑑の登録及び印鑑証明書の交付を申請し、印鑑証明書の発給をうけたことは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉によると次の事実が認められる。

(1)  本件土地とその隣地二筆の合計四筆約四五〇坪は、昭和四七年九月当時、広田進一(大正八年四月二六日生)の所有するところであり、同人は埼玉県蕨市大字蕨四三九六番地に、その娘悦子の夫である広田外驥雄(昭和一九年三月一六日生)と同居していた。

(2)  その頃、須田富治(昭和一二年生)、引地芳夫(同)、染谷勝行(昭和一三年生)ほか数名の者は、右進一に無断で右各土地を他に売却し、その買受人から売買代金名下に金員を騙取しようと企て、その方法として、まず自己らが偽造した右広田らの印鑑をもつてする登録と印鑑証明書との入手のため、右広田らの住民登録上の住所の移動をなし、ついで本人又はその代理人を仮装して、右印鑑によるその登録(これによる該印鑑の認証性)を得、さらに右偽造印章を使用して(時に委任状をも作成のうえ)その印鑑証明書の交付をうけたのち、これらの偽造印章、虚偽印鑑証明書等を利用して、前記各土地の所有権が進一から外驥雄に贈与によつて移転された旨の物権変動を不動産登記簿の外観上にも作出し、しかるのち、外驥雄を装い、再び偽造印章、虚偽印鑑証明書を利用して、適法な権限のある売主として売買にあたることを共謀した。

(3)  右謀議計画に従い、同年九月八日頃、前記須田ら数名のうちの一名が、まず右進一と外驥雄の両名が、その住所を前記蕨市から埼玉県川口市青木町五丁目二五番地に移転した旨の転入届書(前住所の転出証明書を添付)を被告の市役所市民部市民課庶務係のうち、住民票事務取扱の窓口になしたところ、その担当吏員は、この移動及び届出の真実性等につき、格別の調査等をすることなくこれを受理した。しかしもとより広田両名が住所移転したことはなかつた。

(4)  その直後頃、右の者は、右市民課庶務係の印鑑証明事務等取扱の窓口を訪れ川口市青木町四丁目一二番地に住む山田次郎と名乗り、広田進一の代理人として同人名義の委任状(同日付。乙第二号証)と印章を添えて、印鑑登録申請書(乙第一号証)及び印鑑証明書三通交付の申請書(乙第四号証)を提出し、広田進一の印鑑登録方と印鑑証明書交付方の申請手続を行なつた。

そこで、被告の市役所市民課窓口で当時印鑑証明事務等を担当していた吏員植野立三は右印鑑登録申請書の保証人欄に押捺されている管生賢(住所川口市大字芝一一八〇番地)、草野寿徳(同市前川町三丁目一四三五番地)両名下の各印影のうち、前者については被告市役所の芝支所の係員笠原において、同支所備付の印鑑登録原票と照会済であつたので、後者につき市民課備付の印鑑登録原票のそれと照合した結果、後者にも保証の資格があることを確認したうえ、右自称山田に対し、広田進一本人から頼まれたのかと聞いた後、印鑑登録原票(乙第三号証)を作成したうえ、いわゆる直接証明方式による印鑑証明書三通を発行交付した。

(5)  ところで、右印鑑登録申請書には、登録をうけようとする者(進一)、代理人(右山田)及び保証人二名(右管生、草野)につき既にいずれも氏名、住所が記載されていたところ、べつ見しても同一人の同一筆蹟に係るものと看取しうるものであつたし、また右保証人に係る印鑑登録原票には、前記草野の登録は同年九月六日付、前記管生のそれは同年九月八日付とする印字機による記入があり、さらに自称山田次郎の住所は、川口市青木町四丁目一二番地との記載があつたが、同所には自称山田次郎は居住していず、同人の実在性はきわめて不確かであつたし、右委任状の委任事項は、「印鑑証明三通」と「印鑑登録」との二個の事項を併記していたが、「印鑑登録」なる記載は、使用した筆記具、墨色等からその他の記載とその時を異にすることが一見して明らかなものであつた。

しかし植野は、右手続の前後を通じ進一が真実、印鑑登録及び印鑑証明書交付の意思を有するが、自ら本人として出頭申請できない事情があり、これを代理人に委任したものであることの確認措置、すなわち山田に対し進一と保証人らの間柄や本人が出頭できない理由、また、出頭した者が、その住所に実在する山田次郎本人に相違ないことを確認しうる事項等を尋ねたり、山田につき住民台帳等によつてその実在性を検索し、保証人らに照会するなどの措置はとらなかつた。

(6)  同じ頃、やはり須田ら数名のうちの一名で右(4)の際、山田次郎と自称した者が、被告の市役所市民課の印鑑証明事務等取扱窓口に出頭し、広田外驥雄の代理人山田次郎として、右外驥雄名義の印鑑登録方及び印鑑証明書の交付方を申請したが、提出された申請書(乙第五号証。その保証人は前記乙第一号証に同じ。)に押捺顕出されていた右外驥雄の印影がいわゆるゴム印の印顆によるものであつたため、前記植野は印鑑登録を拒否した。

(7)  その翌日頃今度は、広田外驥雄本人と称して、須田若しくはその共犯者と目される者が前記前日の印鑑登録申請書中、代理人欄の住所、氏名部分の記載を横二条線で抹消し、前記ゴム印の脇に、別個の「広田」と刻んだ概真円形の印鑑を押捺したもの(乙第五号証)を再度提出し、これによる印鑑の登録方と印鑑証明書三通の交付(その申請書は乙第七号証)方を申請した。

そこで、被告の市役所市民課窓口印鑑証明事務担当吏員である小峰祥宏は、住民登録の記載と印鑑登録申請書の記載とを、住所、氏名、生年月日の点につき照合しただけで出頭した者が広田外驥雄本人であることの実質的確認の措置等をなさないまま、外驥雄名義の印鑑登録原票(乙第六号証)を作成のうえ、直接証明方式による印鑑証明書三通を発行交付した。(なお、小峰が保証人草野につき印鑑登録原票との照合をしたとの確証はない。)

(8)  以上(4)ないし(7)を通じ、もとより進一が代理人をして、また外驥雄が本人としてもしくは代理人をして各印鑑登録を申請し、各印鑑証明書交付の申請をしたことはなく、各印鑑はすべて偽造に係るものであつた。

(9)  須田らは右のようにして、広田両名の印鑑証明書を同人らに無断で入手し、これを利用して浦和地方法務局に対し、まず昭和四七年九月一一日付で本件土地の所有者たる進一について同月八日住所移転(住所川口市青木町五丁目二五番地)を原因とする登記名義人表示変更登記を経、ついで広田進一から広田外驥雄に対する昭和四七年九月九日贈与を原因とする所有権移転登記申請手続をなし、同局同年九月一四日受付第四八三一四号をもつて、右登記が経由された。

(10)  須田らは右のような事情を秘匿したまま、同月一九日頃、悌二郎(大正五年二月一四日生)の知人で、秀和商事なる名称で不動産業を営む粂田隆一を介して悌二郎に本件土地のほか他二筆、合計四筆約四五〇坪を坪当り一六万円で売却するとの話を持込んだところ、翌日悌二郎は右粂田らとともに、現地に臨み、また粂田を通じて登記簿謄本を見、所有者が外驥雄であることを確認したうえ、右土地の買受方を決意したものの、資金の都合から、対象を本件土地二筆に限る(他の二筆は光伸商事株式会社において買受)こととし、同月二二日、浦和市内の本郷司法書士事務所において粂田のほかいずれも不動産取引を扱う船橋達雄、磯部孝三郎ら立会のうえ、印鑑証明書、委任状、権利証及び印鑑を所持し、広田外驥雄を装つた須田らのうちの一名の者と悌二郎との間で、本件土地を代金三三六六万七五〇〇円で売買する旨の契約が締結され(甲第一号証を作成)悌二郎は、即日、小切手で右代金全額を支払い(甲第二号証の領収証と引換え。なお、甲第一、二号証の外驥雄の署名部分は、右の者が自署。)同年九月二五日、悌二郎に対する右二二日付売買を登記原因とする所有権移転登記がなされた。

(11)  ところが、その後広田進一の調査によつて同人不知の間に本件土地等につき不実の所有権移転登記がなされていたことが判明し捜査機関による捜査が開始されたが、主犯と目される須田は逃亡しており共犯者らの役割等の点につき未解明な部分が残された。

(12)  広田進一は昭和四八年一〇月頃当庁に悌二郎ほか二名を被告として、所有権移転登記の抹消登記手続等を求める訴訟を提起した(昭和四八年(ワ)第六八〇号事件)。そして、昭和五二年一二月八日午前九時三〇分指定の和解期日で、悌二郎(当時は既に死亡)らの訴訟代理人弁護士石黒武雄と広田進一との間で、悌二郎は本件土地の所有権が広田進一に属することを認め、直ちに前記所有権移転登記の抹消登記手続をなすこと、進一は悌二郎に対し同人の納付した公租分を支払うことを主たる内容とする裁判上の和解が成立した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

判旨二そこで、被告の印鑑証明事務担当吏員に原告の主張するような過失があつたか否かにつき検討する。

(一)  印鑑証明書が世上、不動産取引等私人間の重要な経済上の行為に必要なものとされ、その重要性から、ひとたび不実な印鑑登録がなされ、印鑑証明書が発行されると、それが不正に利用される危険が極めて大きいものであることは公知の事実であり、また、本人不知の間に他人が無権限で偽造印の印鑑登録をなし、その印鑑証明書の交付を申請した場合、本人側でこれを察知して、右登録ないし印鑑証明書の発行交付を防避することはきわめて困難であるから這般の事情上、担当吏員の処理方法如何で過誤発生の有無が左右される余地が大きいことも見やすい道理である。従つて印鑑証明事務担当者は、本人の意思に基づかない印鑑の登録あるいは印鑑証明書の発行などの過誤を犯さないように慎重に事務処理を行なうべき職務上の注意義務がある。

(二) ところで、被告の吏員が前記広田進一、同外驥雄の住民登録の移動を受理したうえ、植野において広田進一の自称代理人山田次郎の申請により広田進一の印鑑登録をなし、印鑑証明書三通を発行交付した経緯は、前記一の(3)ないし(5)に認定したとおりであり、また前記小峰において、広田外驥雄を自称する者の申請により、同人名義の印鑑登録をなし、その印鑑証明書三通を発行交付した事情は、前記一の(6)(7)に認定したとおりであるが、〈証拠〉によれば、

(1) 被告の市役所においても、他の市町村と同様に、印鑑の認証事務の手続は、川口市印鑑条例及び同施行規則に定められているが、右条例によると、本人による印鑑登録申請については、申請書に本人の住所、氏名、生年月日を記載し、登録をうける印鑑を押捺すること、本人による申請であることについて保証する者一名の連署押印と右保証人の印鑑証明書(ただし、保証人が川口市において印鑑登録をうけている者である場合はこの証明書は不要)を義務づけているが、本人が、病気その他やむを得ない理由によりみずから申請できないときは代理人による申請ができるとし、その場合は、本人の委任状のほか、保証人二名の連署押印並びにこれらの者の印鑑証明書の添付を要する(ただし、右既登録者の場合は印鑑証明書不要)ものとしている(同条例第三、四条)。しかしながら、本人の出頭できない理由を証する書面の添付などは条例の明文上では要求されておらず、実際の事務処理上も、申請書及び委任状の各記載から住所、氏名、生年月日等についての同一性をいわば形式的に照合確認し、保証人欄の印影の照合を行なうほかは、当該申請に不審な点があると認めた場合以外は、代理人に対し、本人が出頭できない理由を質問し、あるいは不出頭の理由を証する書面の提出を求めるなどの措置はとられていなかつた。

(2) もつとも、昭和四〇年九月一日施行の山形県米沢市の印鑑条例の如く、代理人による申請は、本人が病気の場合に限り、かつ、診断書の提出を要する旨規定する例もあり、被告においても、自治省の指導をうけて、昭和四九年には代理人による申請がなされたときは、本人宛に確認の通知をすべきこと等の条例を改正し、不正な申請を防ぐこととした。

(3) 被告の吏員である前記植野は、自称山田の挙動、申請書の記載に格別の不審もいだかなかつたので、通常どおり、保証人の印影を印鑑登録原票と照合し、山田に対し、本人の申請か否かを形式的に質問したのみで、即日、広田進一の印鑑を登録し、山田に印鑑証明書三通を交付し、また前記小峰もまた、自称外驥雄の挙動、申請書の記載に格別の不審をいだかず、住民登録と印鑑登録申請書上、外驥雄の住所、氏名、生年月日を照合し、年恰好からも本人と軽信し、却つて代理人に「本人」と付記したうえ、即日、印鑑を登録し、印鑑証明書三通を交付した。

ことが認められ、この認定に反する証拠はなく、以上の認定事実によると植野らの行なつた事務処理方法は、被告の印鑑条例及び通常行なわれている事務処理の慣行には、一応反していないものということができる。

(三)  しかしながら、前記のような印鑑証明書の重要性及び濫用の危険性等に鑑みると、印鑑証明事務担当吏員(ないし被告市自体)としては、単に、条例並びに事務処理慣行にしたがうのみでは、職務上の注意義務を尽したといいえないことは勿論であつて、個々の場合に応じて、真正な登録等の意思の存在等の確認のため、発問、検索、照合、照会、電話連絡等の措置をなし、もつて不実申請を抑制防避すべきである。

そして、代理人による申請の場合は、本人による申請がなされたときに比して、より不正な申請が行なわれやすいともいえるから、その取扱に際しては慎重さが強く要求されてしかるべきであると解されるところ、前記植野にあつては、保証人の登録と本件申請とがきわめて近接してなされており、同一保証人によるゴム印をもつてする登録については拒んだとの異常事態があつたのに、本人の申請か否かを簡単に聞いたのみで、他に代理人の権限につき何ら確認の措置をとらなかつたものであつて、かくては代理権限の実質的確認をなさざるに等しく、代理人による申請を受理するについて安易に過ぎたというほかはなく、また前記小峰にあつては前記一(5)の前段、(6)、(7)記載のとおり、同一筆蹟、数個の異なる印影の顕出、同一用紙の再利用、代理人欄の抹消(ほかにこの場合は本人申請であるから条例上は保証人は一名で足りるのに、わざわざ二名にしている点)保証人の登録と本件申請がきわめて近接してなされていること等不審を覚えるべき諸事実があるのに、前記のとおり各記載からする同一性の確認程度で、本人による申請となしたことはきわめて軽率であるといわざるを得ない。

もつとも印鑑証明事務の担当吏員に対し、すべての申請につき詳細な事項にわたる発問等の前示確認措置を要求することは必ずしも相当ではないし、また、〈証拠〉によれば、昭和四七年当時、被告の市役所の市民課において印鑑証明の窓口事務は二名の者で処理されており、右二名によつて一か月平均一〇〇〇ないし一二〇〇件の印鑑登録、一日あたり四〇〇ないし五〇〇通の印鑑証明書の発行を受付けるなど少なからぬ事務量を負担していたことが認められるが代理人または本人に対し、あまりにも形式的な確認しか行なわなかつた被告の担当吏員の事務処理を正当化することはできないのであつて、被告担当吏員としてはこの場合少なくとも一応不審の念をいだくべく、この払拭のため本人が出頭できない理由、代理人及び保証人と本人との間柄その他代理権限並びに申請書再利用の事情等本人の真意の確認として有効な発問をなし、あわせて前記芝支所吏員笠原に対する電話照会(これによつて、小峰吏員の場合は、いわゆるゴム印の顕出と保証人印の照合とがより詳細になろう。)、各原票等の検索等の措置をなすべき注意義務があるのに、これをしなかつた過失がある。

(なお、原告は住民登録手続の取扱についても被告に過失があつた旨を主張するが、その事実関係は前記一(3)認定のとおりであるものの、住民登録は諸行政の基礎資料となると共に一般市民生活においても身分関係、財産関係で広範、かつ、しばしば利用されているので、これを簡易迅速に行うべき要請が強く、他方これを利得犯罪に悪用する例は稀であり、その濫用ないし悪用の弊害も印鑑登録ないしその証明に比較すると回復不可能な場合は少いことが明らかであるから、簡易な審査によつて受理、取扱をなすこともやむを得ざるべく、されば右(3)認定の事実関係において被告に過失はないと解する。)

(四)  そして、印鑑証明事務は、地方公共団体の権力作用たる行政行為の一種である公証行為であつて、国家賠償法一条にいう公権力の行使に該当するから、被告の担当吏員が、印鑑の認証事務を行なうについて、前記のとおり過失があり、その結果原告に損害を与えた場合は、被告はこれを賠償すべき責任を負うものである。

三(一)  印鑑証明書が私人間の取引上、きわめて重要な役割を果していることは前示のとおりであり、したがつて、ひとたび虚偽の印鑑登録がなされ、ひいて内容上虚偽の印鑑証明書が発行されると、不動産の取引に関し、不正行為がなされやすくなり、このために何らかの被害が生ずるであろうことは、充分予想されるところである。

そして、前記一(12)に認定したとおり、悌二郎が、広田進一より提起された訴訟において、本件土地の所有権が広田進一に帰属することを認め、かつ、右土地についての所有権移転登記の抹消登記手続を行なう旨の裁判上の和解に応じざるを得なかつたのは、広田進一及び広田外驥雄名義の申請により交付された印鑑証明書が虚偽のものであつて、これにより、本件土地の所有権移転登記がなされたことが明らかとなつたことに基因するとみられるから悌二郎が右和解によつて本件土地を取得できなくなつたことによる損害は、右印鑑登録及び印鑑証明書の交付と相当因果関係があるというべきである。

(二) そこで、原告主張の各損害についてみるに、悌二郎が、昭和四七年九月二二日、本件土地の売買代金として、広田外驥雄と称する者に、小切手で三三六六万七五〇〇円を支払つたことは、前記一(10)に認定したとおりであり、〈証拠〉によれば、悌二郎は、本件売買締約にあたり印紙五〇二〇円を支出貼用したほか昭和四七年九月二二日、本件土地の所有権移転登記手続を本郷司法書士に委任し、同人に登記申請書の貼用印紙代二四万三〇〇〇円を支払い、同日、本件土地売買の仲介料として磯部孝三郎に七五万円を、昭和四九年二月一日、本件土地の埋立工事費用として光伸商事株式会社に一五万円をそれぞれ支払つたことが認められる。もつとも〈証拠〉によると、悌二郎は、広田進一から提起された本件土地の所有権移転登記抹消登記手続を求める訴に応訴するため石黒弁護士を代理人に選任したことが認められるものの、同弁護士に着手金等として幾何を支払つたかその金額は本件全証拠によつても明らかではない。

したがつて悌二郎は本件土地所有権を取得しえなかつたことにより、右に認定した売買代金その他諸費用合計三四八一万五五二〇円の損害を蒙つたものというべきである。

(三)  そこで被告の抗弁について、判断する。

前記一(10)に認定した事実関係の下では悌二郎は、現地の確認、登記簿による広田外驥雄の所有権確認、売買契約日における売主の臨場、同人の実印、印鑑証明書、権利証等の持参と締約等ある程度の注意力を払つたことが認められ、また印鑑証明書が登記申請に必要とされるほか、本人の同一性の確認にも広く用いられているとの公知事実が存するものの、前記一(10)認定のとおり、同人は多年不動産業を営み、また相応の分別もある熟年者であるのに、数千万円の巨額取引に際し、折角不動産登記簿をみながら、前記(9)記載のような異例もしくは一見不合理な物権変動(進一と外驥雄とが住所を同じくするものであるのに、贈与後数日の間に売却しようとしていること、表示変更、贈与の各登記が数日中になされていて、一般納税、登録税法上からも節税の風潮に反すること等)がなされていることを看過し、所有者たる外驥雄に対する電話連絡さえもしなかつたに等しく(〈証拠〉によると、昭和四七年九月一四日ごろ、悌二郎が広田家に電話したことは推認されるが、その際、進一に対し、本件土地売却の意思、外驥雄への贈与の事実につき確認したとの証拠はない。)却つて判示のとおり数日間に締約と代金の支払に応じ、いわゆる買い急いだことが明らかであるから、以上の事実は、損害の算定につき斟酌することとする。しかし、これによつてもその賠償を求めうべき金額は一〇〇〇万円(元本)を下らない。

四悌二郎は、本件訴訟継続中である昭和五〇年一一月一四日、死亡し、昭和五一年四月三〇日、遺産分割協議の結果、妻である原告が本訴における原告たる地位を承継したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると右協議当時は未成年者であつた永井恵美子(昭和三三年三月三一日生)については、原告が親権者として協議に加わつたものであるところ、恵美子は成年に達した後である昭和五四年一〇月二三日、右協議を追認したことが認められるから、原告は悌二郎の前記損害賠償債権を全額承継したことが明らかである。

五以上のとおり、被告は原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する本件売買代金並びに登記申請費用仲介料の支払がなされた日の翌日である昭和四七年九月二三日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負うものであるから原告の本訴請求は正当として、これを全部認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行宣言及び職権によるその免脱の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(薦田茂正 小松一雄 小林敬子)

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